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秋田地方裁判所 昭和50年(わ)143号 決定 1976年11月27日

申出人 竹島四郎(被告人加賀谷鐵雄の弁護人)

主文

検察官に対し被告人加賀谷鐵雄の司法警察職員に対する供述調書全部を昭和五一年一二月一日の次回公判期日までに同被告人の弁護人に閲覧させることを命ずる。

理由

一、弁護人の申出の趣旨及び理由

第一四回公判期日において、被告人加賀谷鐵雄の捜査段階における自白の任意性を立証趣旨とする検察官申請証人大友信孝の採用決定がなされたが、同証人の反対尋問は、被告人加賀谷鐵雄の司法警察職員に対する供述調書全部を予め検討し、捜査当初からの供述の変遷、自白の時期内容等を正確に把握したうえでなければ、これを有効になしえないから、検察官に対し右供述調書の開示を命ぜられたい。

二、検察官の意見

被告人の捜査段階における自白の任意性の立証は、その自白がなされた際の取調状況を明らかにするをもつてたりるのであるから、前記証人大友信孝に対する反対尋問は右自白の内容と関係なくこれをすることが可能であるし、被告人の捜査段階における供述の内容や自白の時期等は、弁護人において予め被告人から直接これを聞き出すことができるのであるから、弁護人が右証人の尋問に先立つて被告人加賀谷鐵雄の司法警察職員に対する供述調書の開示を求める必要性は全く存在しない。

三、当裁判所の見解

被告人の捜査段階における自白の任意性を立証趣旨とする検察官申請証人に対する反対尋問の課題は、主尋問の過程で現われた右自白の任意性を裏付ける証言を弾劾し、ひいてはその任意性を疑わしめる事実の存在したことを窺わせる証言を引き出すことにあるが、右証人が当該被告人の取調べを担当した者である場合には、反対尋問者においてその取調べの状況を事前に十分把握しておくのでなければ、その取調べの際の問題点を証人から引き出すことは一般に至難のことであり、被告人の言い分の当否を確かめようとしても勢い水掛論に終始するのが常態であるところ、被疑者の取調べはその性質上第三者の関知しえない状況のもとで行われる関係から、その取調べ状況を事後的に確認しうる資料は一般に乏しく、また弁護人において、被告人から事情聴取する以外に、より証明力の高い資料を蒐集することは殆んど不可能である。ところで、捜査段階での被疑者の供述は、通常捜査官の取調べという外部的誘因によつて引き出され秩序づけられるものであるから、捜査の当初の段階からの供述内容を順を追つて仔細に検討することにより、それぞれの供述がなされた際の取調状況を推認する手がかりを得ることが可能であり、ことに供述内容の不自然な変化がみられる場合には、そこになんらかの不当な誘因が働いたのではないかという疑いを裏付ける一資料ともなりうるのであつて、他に右取調状況を確認できるだけの客観的資料の存在が多く期待できない以上、被告人の捜査段階における自白の任意性を争う弁護人において、その任意性の立証段階に入るに際し、当該被告人の司法警察職員に対する供述調書を閲覧することは、防禦権の有効な行使のために不可欠であると考えられる。ことに被告人加賀谷鐵雄は、捜査の当初から全面的な自白をしていたものではなく、自白後もなお種々弁解を試みていた形跡が窺われ、一概に自白といつても、なおその内容については弁護人が直接当該供述調書によつて確認しておく必要があると考えられるし、前記証人大友信孝が被告人加賀谷鐵雄を取調べた警察官であり、本件証拠開示の申出が右証人に対する反対尋問を有効に行う必要性を理由とするものであることからすると、同証人の採用を決定した現段階において被告人加賀谷鐵雄の司法警察職員に対する供述調書を弁護人に閲覧させることは、同被告人の防禦のため特に重要であるというべく、他方、本件事案の罪質、右調書の性質などに照らし、右閲覧の結果、罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれも認められない。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 谷村允裕 湖海信成 岩田嘉彦)

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